また、6月18日(日)に宮城島の野菜畑に移植した”プエラリア・ミリフィカ”と”豆ダイコン”にも花が咲き始めた。
花が咲き始めて、ここで新たな事実が確認できたのである。
なんと”プエラリア・ミリフィカ”と”豆ダイコン”の花が、大変似ているのである。いや、同じと言った方が正しいかもしれない。
そっくりな”プエラリア・ミリフィカ”と”豆ダイコン”の花
花がとても似ていることから、もしかしたら”プエラリア・ミリフィカ”と”豆ダイコン”の入手経路が、同一の可能性が出てきた。そこで、その入手経路を調査する必要があると思い、それぞれのルーツを調査することにした。
まず”プエラリア・ミリフィカ”については、直接、石川在のM氏に会ってその入手経路を聞いた。
すると、「当時、親戚で具志川市の江洲に住んでいたMさんから”プエラリア・ミリフィカ”の種を頂いて、栽培を始めた。」とのことである。
次に”豆ダイコン”については、わが家の隣の「うりずん保育園」の保育士に、保育士のご両親から入手経路を聞いてくれるように頼んだ。すると次のようなことが分かった。
・10年ほど前、具志川市の江洲在のNさんが、沖縄市の白川のフリーマーケットで、”豆ダイコン”の種と芋を購入した。
・具志川市の赤道に住んでいるわが家の隣の「うりずん保育園」の保育士のご両親は、Nさんから”豆ダイコン”の種と芋を頂いて栽培を始めた。
・保育士のご両親は、具志川市の江洲在のMさんに”豆ダイコン”の種と芋をあげ、それでMさんは栽培を始めた。
とのことであるが、ここで予期しない事実が判明した。
石川在のM氏が、”プエラリア・ミリフィカ”を入手した具志川市の江洲に住んでいたMさんと、保育士の両親が”豆ダイコン”をあげた、具志川市の江洲在のMさんとは、同一人物であることが分かったのである。
ということは、なんと”プエラリア・ミリフィカ”=”豆ダイコン”だったのである。
ここで新たな疑問が出てきた。では、沖縄市の白川のフリーマーケットで”豆ダイコン”を売っていた人は、どこから入手してきたのだろうかということである。
そこでその疑問を解決するために、その人物を探すことにした。
その経過及び結果については、次回で報告することにしよう。
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